箕面市平和のまち条例を作る会

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意見陳述 (2)

意見陳述(2)

「箕面市平和のまち条例」意見陳述」
2007年3月2日(金)
三宅 裕子

私は如意谷に住んで18年目になる主婦の三宅裕子です。この度は「箕面市平和のまち条例」の市民直接請求にあたり、多くの方のご支援とご理解をいただきありがとうございました。藤沢市長には誠に勇気づけられる意見書を添えていただき、敬意を表します。また、本日、箕面市民として自信を持って意見を述べさせていただくことができるのも、一連の役割を担当してくださっている市役所職員の方々のお陰であり、冒頭に感謝を申し上げて、私の意見陳述を始めます。
 私は大阪市内で生まれ育ち、結婚当初は実家の近くに住んでいて長女を出産しました。その頃はバブル全盛期で、胎児教育や0歳児教育などの情報があふれる反面、近所の公園では違法駐車や動物の糞、割れたガラス瓶、落書きなどで荒れ放題でした。私たち夫婦は安心できる子育て環境を求めて、娘が2歳の時に、自然豊かで、教育環境も多様な箕面市を選んで転居してきました。その後すぐに2人目の子どもを出産し、核家族ながらも友人やご近所の皆さん、お稽古事や幼稚園、学校の先生方など、本当に多くの方にサポートしていただきながら子育てをしてきました。この間、PTA活動やこども会活動はもちろんのこと、当時の女性ルームや生涯学習センター、らいとぴあ21などで開催される幅広い学習の機会を得ることができて、私が子どもの頃には、何となくしか理解できていなかった、目には見えない大切な「私の人権」について、しっかりと意識できるようになりました。特に、私自身が女性であり、母親ですので、子どもと女性の人権については、大変興味がありまして、現在はドメスティックバイオレンスと子ども虐待の分野や性教育の重要性について学習を深めています。そこで解ってきたことは、社会構造上の人権侵害の中で、「弱者」とされる子どもや女性、障がいを持つ人や高齢者が市民としての当事者性(自分自身が命や権利の主体であるという意識)を奪われているということです。そこで、まずは私の当事者性を回復したいという願いから、箕面市民のみなさんへ署名活動を通して「私の大切な命は国が守ってくれるだけでなく、自分で守ることが可能だ!」という発信にチャレンジしました。たった1ヶ月間でしたが、この反響は多くの人の予想を遥かに上回り、4,735人の署名・捺印という市民の能動的な行動を呼び起こすことができたのです。また、署名期間中は、見知らぬ方とも平和について語る時間が持てたことで、署名には至らなかった方にも、ご自身の平和への想いを再発見していただけたと感じています。それに、私の個人的な目標で、「今までお話したことがない議員の方ともお話することができた」ので、達成感でいっぱいです。残念なことには、この取り組みで出会った人の中には、何故か攻撃的な会話しかできていない方もいらっしゃいました。その時は、とても怖くて無力感に陥りましたが、今日、この議場では私たちの意見を傾聴していただき、大変嬉しく思っています。
 さて、私はこの活動に関わってきた人たちの声から、日頃すれ違っているだけではなかなか感じ取ることがない箕面のまちに暮らす市民の実感を聴き取ることができたので、是非お伝えしたいと思います。例えば多数のご意見としては「戦争をしたいと思う人なんていないでしょう。」「年寄りや子ども、弱いものが巻き込まれていくから、絶対に戦争は起こしたらあかん!」「武器を持ってて、戦争はなくならへん。」「経済優先の世の中が間違ってるな。アメリカの言いなりやからな。」「『日本は大丈夫』と言う人はお気楽すぎ。もっと危機感をもたないとね。」「『平和』は大事。『平和』をつくるためなら賛成やわ。」などです。こんなこともありました。街頭署名活動初日に出会った若い男性に、「無防備では、攻めてこられた時どうするんですか?」と不安そうに尋ねられたので、武器を使った暴力の連鎖では問題解決できないことはすでに明らかで、世界に目を向ければ、戦争で親が亡くなり、ケアもサポートも無くネグレクトされて心身ともに大きな傷を負ってしまう子どもたちが悲しみや辛さを押し込めて、再び怒りの感情だけで「戦争」へ向かう暴力の再生産の恐ろしさをお伝えし、国際人道法や日本国憲法が有効であり、この条例がつながっていることをお知らせできました。今回の活動の特徴のひとつに、「戦争を体験してきたから、もう戦争はいやだ。」と言って、多くの高齢者の方が寒い中震える手で一生懸命に署名してくださったことが感動的でした。特に印象に残ったエピソードをお話しますと、戦争体験者の男性おふたりは口々に、「あの戦争は侵略戦争やった。責任をとらなあかん。」「国が戦争をすることを許すのは国民や。国民は色々なことに関心を持たないといかんな。」と言われました。また、看護学生として長崎で被爆された方は、当時の事を克明に私たちに伝えてくださいました。その中のごくごく一部分ですが「女学校で仲良しだったお友達がみんな原爆で亡くなってしまったから、私はとても申し訳なく感じて、私はその人たちの分も生きようと思ってきたの。戦争の準備は、戦争が始まってからするものではないから「平和」な時にもう始まっているのよ。だから「平和」の時にこそ注意深く見ておかないといけない。」と教えてくださいました。きっと今日までには、お話を伺って私が感じた以上のご苦労がおありだったろうと思うと、『平和』の一言の重みを感じ、署名提出の日には、「すべての人の人権」を大切にできるこの条例制定の実現を希望し、藤沢市長にお届けしました。
 この箕面市には、全国に先駆けて1999年9月30日に「箕面市子ども条例」が制定されています。その当時、子ども課提案の内容は議会修正され、1994年に批准したこどもの権利条約と同じように『子どもを権利の主体』とするのではなく、子どもたちを『おとなが守る対象』とし、おとなの義務を謳った条例文になりました。一方、国会では2000年に超党派の議員採択で『児童虐待防止法』が可決され、2004年の改正法では、ついに「子どもが権利の主体である」と明記されました。近年のこうした動きの中で、この度の署名は箕面市内の有権者のみが参加できるものでしたが、無効になった署名のうちの約1割に上る50人近くが未成年の方のものでした。これは日々学校での平和教育が実を結び、私たちおとなの呼びかけに応答してくれて、『たとえ無効になっても署名したい!』と主体的に意見表明の機会にしてもらえたので感動しています。と同時に、「箕面市子ども条例」では、『おとなが守る対象』であるとして定義付けられたこの子どもたちを、心身共に傷つけることがないようにしなければならないという大きな義務を果たすには、なんとしてもこの条例を可決していただかなければならないと強く思いました。そんな矢先、昨年末のテロの影響で、修学旅行が急遽海外から国内に変更になった箕面市内の高校があります。該当学年の子どもたちは、とても残念な思いをしたと伺っています。学校やPTAの考えから言えば、我が子の身の安全を第一優先にするのは当然の選択だったことでしょう。しかし、子どもたちにとって、「入学時から楽しみにしてきた海外への修学旅行にテロで行けなかった。」という事実と心の傷は消えることはないのです。この傷の原因が世界各地で起こっている武器による暴力の行使であったのですから、私たちが箕面市で「無防備地域宣言」をして市民の安全を確保することを世界に発信すれば、子どもたちはおとなへの信頼と安心を回復してもらえるものと確信します。言うまでもなく、グローバルスタンダードは経済の標準化だけでなく、合わせて平和と人権についても地球規模での協調性を求められ、日々あらゆる分野で非暴力の問題解決方法で取り組まれる努力がされているものと理解しています。私はここにおられる議員の皆さんが、党派を超えたところでのお一人お一人の人権意識に基づき、ご家族同様に箕面の全市民を守ることが可能な「箕面市平和のまち条例」の有効性について正しく理解され、ただ一人の被害者も加害者もそして傍観者も作らないように、きっぱりと可決して安全なまちづくりに活用していただけるものと信じて疑いません。以上で私の意見陳述を終わります。
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by heiwa-minoh | 2007-03-04 06:20



箕面市で平和条例を制定すべく直接請求の署名を集めています 
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