箕面市平和のまち条例を作る会

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意見陳述 (4)

意見陳述 (4)

箕面市平和のまち条例(案)直接請求についての意見

2007年3月2日
箕面市平和のまち条例をつくる会
代表請求者 古川佳子


古川佳子でございます。新稲におよそ66年住んで、今年80才になりました。本条例案にかかわる私の思いを述べさせていただきます。
先日、新聞で次の短歌を目にしました。<珈琲豆コスタリカ産と決めて挽く武器持たぬ国と知りて久しき>。私も「武器を捨てた国コスタリカ」という映画をみました。軍事費を教育と福祉と観光に当てているという小さな国です。日本は世界に誇る憲法前文と9条と20条という戦争犠牲者の血で贖われた平和憲法を持ち、曲りなりにも戦後60年余り、平和を保ってまいりました。でも、自衛隊と軍備をしこたま持ってしまいました。安倍内閣は、戦争ができる「ふつうの国」を目ざして憲法改悪をはかり、国のために死ねる国民を育てんがために、目下「愛国心教育」に本腰を入れています。コスタリカに憧れる私の夢はどんどん遠のいていきます。ところが、平和を願う人びとの知恵と勇気と努力は各地でフツフツと沸きあがっていて、「9条の会」が全国的に拡がり、「平和条例直接請求署名」運動も立ち上がりました。
ジュネーブ条約は、紛争がおこった時、軍事関係以外を攻げきしてはならないとしていますが、それに第1追加議定書が設けられたのは、市民社会の中の軍事施設をきびしくチェックして排除しなければ市民が巻きこまれることになるからなのです。
戦争にまきこまれるのは絶対いや!というのは、今度、この条例の署名集めでもよくわかりました。私は1927年、あえて元号でいうと昭和2年に生まれ、「一木一草にも天皇制がやどる」といわれた時代でした。
「日本ヨイ国 キヨイ国 世界ニ一ツノ 神ノ国」と洗脳され、天皇のために死ぬのが最高の道徳だとたたき込まれました。ですから、2人の兄が兵士になるのは当然だと思っていたし、日本中の都市が米軍の空襲で焼土と化しても、大うその大本営発表を信じて、いまに神風が吹いて日本は勝つのだと思っていました。防空訓練は、隣り組でも学校でも強制され、バケツリレー、縄の火たたき、砂ぶくろ等で、強大な米軍に立ち向かえと言われました。箕面は、今の山麓線の辺りに爆弾で大穴があけられたくらいでしたが、私の妹は三国で空襲に遭い、命からがら逃げ帰ってきました。45年3月の大阪大空襲の夜、二階から南の方を見たら一面の赤黒い火の海で、一体何が起こっているのかと、呆然と眺めたのを覚えています。
15年戦争が終った夜、電灯の黒布をはずして明るくなった部屋で、家族が笑い合い、ああ、これでお兄ちゃんたちが還ってくると、「平和」を痛感したのでした。私が18才の夏でした。ところが2人の兄は、すでにビルマと台湾で戦死していました。母は<これに増す悲しきことの何かあらん亡き子二人を返せこの手に>と、天皇と国家に向けて怒りと悲しみをぶつけました。私は母の悲憤を常に胸に抱きながら、1976年から99年までの24年余りを「箕面忠魂碑違憲訴訟」に原告として全力を注ぎました。
戦没学生の手記『きけ、わだつみのこえ』に<死んだ人々は還ってこない以上、生き残った人々は何がわかればいい? 死んだ人々には慨く術もない以上、生き残った人々は、誰のこと、何を慨いたらいい?>(ジャン・タルージュ 渡辺一夫訳)という詩があります。皆さま、どうかこの詩を胸に深く刻んでください。戦争ほど大きな罪悪はありません。いまも世界のあちこちで戦火が絶えません。
「平和のまちづくり条例」が市民の手で日本中に拡がっていけば、どれほどすばらしいことでしょう。箕面がそのさきがけになってほしいと熱望します。日本の政治状況がとても悪くなってきたからでしょうか、近ごろ市民の中に新風が吹きはじめた気がします。
箕面が村だった遥か昔の私の記憶には、麦の緑と菜の花とレンゲ畑がじゅうたんのように拡がっていた風景が鮮やかにやき付いています。今は127,500人の立派な市になり住宅がびっしりですが、六個山と箕面公園に昔のままの心安まるたたずまいを残しています。このすばらしい環境の中で私は3人の子を育て、常に平和運動に足軸を据えながら、多くのことを学び眼を開いていくことが出来ました。
昨年8月11日、私は国と靖国神社を相手に「靖国合祀イヤです訴訟」を始めました。原告は台湾の遺族を含む9人です。国が始めた侵略戦争に加担させられたわが肉親を神として祀り、英霊と讃め称えられるのは、後につづく戦死者を迎えるために利用されているに過ぎないので、合祀を取り消してもらいたいという訴えです。
戦争は天災ではなく人災です。将来、「あの時、大人はどうして戦争を止めなかったの?」と子どもたちから言われないようにしたいです。いま私たちは重大な岐路に立っているのではないでしょうか。市民の代表である議員の皆さまは、大きな勇気と理性をもって、本条例案をじっくり吟味していただきたいと思います。
拙い意見をお聞きくださり有難うございました。               終り
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by heiwa-minoh | 2007-03-04 06:29

意見陳述 (3)

意見陳述 (3)

「箕面市平和のまち条例」意見陳述」 
2007年3月2日
箕面市平和のまち条例をつくる会
代表請求者 中井多賀宏


             
<はじめに>
 民間憲法研究団体ベーツ憲法研究所代表・みのお9条の会呼びかけ人をしております中井多賀宏と申します。現在は憲法書をはじめとした法律書籍の著述業をしております。また、様々な場所で憲法の講義をさせて頂いております。
 その憲法講師としての経験から感じることなのですが、市民の皆さんは非常に憲法に対する関心が高いということです。その中でもとりわけ9条に対する関心の高さはこちらが驚かされるほど熱心に勉強に取り組まれています。
 そう言った経緯から、まずは憲法9条と本条例案との関係からお話をさせて頂こうと思います。


<憲法9条との関係について>
 日本国憲法の最高理念は憲法13条に謳われている「個人の尊厳」です。そしてそれを支える重要な柱として「国民主権」「基本的人権の尊重」と共に、日本国憲法の三大原則に数えられるのが憲法9条の「平和主義」の理念です。
憲法9条2項には「国の交戦権は、これを認めない」と明記されています。この点について、これは、日本国憲法が徹底した平和主義を採っている現れと解されております。
 憲法前文における平和主義、そして国際協調主義と相まって憲法9条が定められた趣旨は、まさに徹底した戦争放棄を意味しているものであると考えられます。
この点から考えるに、この平和条例は憲法9条の具現化であり、世界でもまれに見る徹底した平和主義を採用している日本国憲法の精神にしっかりと合致したものであると解されます。
この点、「平和施策を推進する」という宣言を平時から発するものである平和条例は、国法の最高規範である憲法の精神を具体的に現すものであり、殊に、市民の意見を集約した署名による条例制定請求によって発案されたものであるということは、非常に意義があるものであると思います。
たとえ9条1項の解釈をいかに捉えたとしても、先述しましたように、9条2項において、国の交戦権を否定している一文がしっかりと明記されていることから、国を始めとして地方公共団体に於いても、平和施策を実施することが予定されているものであると考えます。
その意味からも、この平和条例を制定することは、憲法9条が、あらかじめ予定しているものであると考えることができると思います。そしてその事こそが、真に「市民を戦争の惨禍から守る」ということになると考えます。


<憲法前文「平和的生存権」との関係>
憲法前文の法的効力、つまり「平和的生存権」の法的性質について考えてみようと思います。
 通説的には「法規範性はあるが裁判規範性はない」と解釈されています。
すなわち、前文は、努力目標と言うほど弱くはないが(これを「プログラム規定」と言います)、裁判所で具体的に問題に出来るほどの具体性がない、つまり、具体的立法が成されて初めてその効力が発揮される、と主張されることがあります。
しかし、憲法前文も憲法改正手続を経なければ変えることが出来ないものであるということ、そして、平和的生存権は平たく言えば「平和に生きる権利(the right to live in peace)」として、戦争による惨禍が市民に降りかからないようにするという内容を持った本条例により具体化は充分に可能であり、そしてそれを実際に施行することこそが、今まさに必要であると思います。そして、それこそがまさに、この平和条例の持つ意義であると考えられます。    
なにより、箕面市が平時からこのような条例を日本で最初に宣言することは、国内はもとより諸外国においても注目を浴びることになると思います。従って、それを機に、本当の意味での平和な世界が、この箕面市から築いていくことが出来るものであると思います。
 このように、真の平和、そして市民の安全・幸福のために、その一歩を最初に踏み出すのがこの箕面市であるということは、何物にも代え難い宝であると考えます。
 憲法の最高利念である「個人の尊重」、そして、「戦禍から市民を守る」ということの本当の意義が、この平和条例に詰まっていると考えています。


<憲法25条「生存権」との関係>
また、憲法には25条において「生存権」が規定されています。この「生存権」は、まず1項において「健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」と規定されています。そして2項において、1項における生存権を具体的に実現するために努力する義務があることが規定されています。
そしてこの生存権は「社会権」としての性質を有するものであり、市民が国家に対して請求していく権利であるということを意味します。
この点、25条の「生存権」は、これまで主に経済的な見地から理解・運用されてきました。
しかし、「平和の中に生きる」ということも、「健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」という25条の精神に合致するものであると解釈することが可能であると考えます
その意味で、この25条「生存権」の具現化として平和条例を制定する必要性は非常に高いものでありますし、またそれを整備することが、国家をはじめとして、地方自治体においても憲法の精神に合致するものであると思います。


<条約・憲法と条例の関係>
また、法律間の優劣関係という問題があり、学説における通説的見解は、「憲法→条約→法律→条例」というように解釈されています。
この点、現行のいわゆる一連の有事立法は、憲法前文・9条・25条などの精神に反するものである疑いが強いことから、「下位法である条例が上位法である法律に反することはできない。従って、有事法と矛盾するように思われる平和条例は制定できない」という主張は、実のところ成り立たないと考えています。
法規の効力における優劣関係としては先程の解釈以外に、「条例→憲法・・・」という解釈も主張されることもあるのですが、少なくとも憲法違反の条例は、国内法的効力としては無効であると解する説が学説においても通説的見解を占めています。
従って、逆に、憲法に合致する条約であるならば、憲法上の規定にもあるように、国民に周知する義務や、誠実に遵守する義務が発生します。
この点、ジュネーブ条約、そしてジュネーブ条約追加議定書は憲法の精神に合致した条約であると解されるところ、国家はもとより、地方自治体においても、市民に対して周知する義務や、誠実に遵守する義務があると思います。
そのためにもこの平和条例を制定し、平時から周知していくことは、憲法の精神に合致するものであると考えます。


<地方自治の役割、そして地方自治の本旨について>
中央の議会制民主主義は、多数の意見を集約して統一的に実行するために「民意の統合」が重視されます。
それに対して、地方自治体は、中央の議会制民主主義を補完するものとして、「民意の反映」、すなわち、直接民主主義の色合いが強い制度が採用されています。
今回の市民の意見による条例制定の直接請求はまさに「民意の反映」の結果であると考えます。
憲法上「地方自治の本旨」と言われる理念の具体的な内容は、「団体自治」「住民自治」というものであります。すなわち今回のような条例制定の直接請求は、まさに「地方自治の本旨」であるところの「住民自治」、すなわち、先述しましたように「民意の反映」の具体的現れであると考えられます。
それ故、今回集まった市民による署名の重さは、箕面市において「住民自治」がしっかりと機能しているものであると思います。そしてその意思を尊重して頂けることを心から願っています。


<終わりに>
 以上のように、本条例は平和施策への取り組みを平時から推進していくことを宣言するものであり、 真の意味で市民を守るものであると考えています。
 市民の意思である平和を希求する精神を、日本全国に対して、そしてひいては世界各国に向けて発信していく起点が、この箕面市になれば、これ以上に素晴らしいことはないと思います。
 全国に先駆けて、箕面市からスタートを切ろうではありませんか。皆様のご賛同を心から願ってやみません。
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by heiwa-minoh | 2007-03-04 06:24

意見陳述 (2)

意見陳述(2)

「箕面市平和のまち条例」意見陳述」
2007年3月2日(金)
三宅 裕子

私は如意谷に住んで18年目になる主婦の三宅裕子です。この度は「箕面市平和のまち条例」の市民直接請求にあたり、多くの方のご支援とご理解をいただきありがとうございました。藤沢市長には誠に勇気づけられる意見書を添えていただき、敬意を表します。また、本日、箕面市民として自信を持って意見を述べさせていただくことができるのも、一連の役割を担当してくださっている市役所職員の方々のお陰であり、冒頭に感謝を申し上げて、私の意見陳述を始めます。
 私は大阪市内で生まれ育ち、結婚当初は実家の近くに住んでいて長女を出産しました。その頃はバブル全盛期で、胎児教育や0歳児教育などの情報があふれる反面、近所の公園では違法駐車や動物の糞、割れたガラス瓶、落書きなどで荒れ放題でした。私たち夫婦は安心できる子育て環境を求めて、娘が2歳の時に、自然豊かで、教育環境も多様な箕面市を選んで転居してきました。その後すぐに2人目の子どもを出産し、核家族ながらも友人やご近所の皆さん、お稽古事や幼稚園、学校の先生方など、本当に多くの方にサポートしていただきながら子育てをしてきました。この間、PTA活動やこども会活動はもちろんのこと、当時の女性ルームや生涯学習センター、らいとぴあ21などで開催される幅広い学習の機会を得ることができて、私が子どもの頃には、何となくしか理解できていなかった、目には見えない大切な「私の人権」について、しっかりと意識できるようになりました。特に、私自身が女性であり、母親ですので、子どもと女性の人権については、大変興味がありまして、現在はドメスティックバイオレンスと子ども虐待の分野や性教育の重要性について学習を深めています。そこで解ってきたことは、社会構造上の人権侵害の中で、「弱者」とされる子どもや女性、障がいを持つ人や高齢者が市民としての当事者性(自分自身が命や権利の主体であるという意識)を奪われているということです。そこで、まずは私の当事者性を回復したいという願いから、箕面市民のみなさんへ署名活動を通して「私の大切な命は国が守ってくれるだけでなく、自分で守ることが可能だ!」という発信にチャレンジしました。たった1ヶ月間でしたが、この反響は多くの人の予想を遥かに上回り、4,735人の署名・捺印という市民の能動的な行動を呼び起こすことができたのです。また、署名期間中は、見知らぬ方とも平和について語る時間が持てたことで、署名には至らなかった方にも、ご自身の平和への想いを再発見していただけたと感じています。それに、私の個人的な目標で、「今までお話したことがない議員の方ともお話することができた」ので、達成感でいっぱいです。残念なことには、この取り組みで出会った人の中には、何故か攻撃的な会話しかできていない方もいらっしゃいました。その時は、とても怖くて無力感に陥りましたが、今日、この議場では私たちの意見を傾聴していただき、大変嬉しく思っています。
 さて、私はこの活動に関わってきた人たちの声から、日頃すれ違っているだけではなかなか感じ取ることがない箕面のまちに暮らす市民の実感を聴き取ることができたので、是非お伝えしたいと思います。例えば多数のご意見としては「戦争をしたいと思う人なんていないでしょう。」「年寄りや子ども、弱いものが巻き込まれていくから、絶対に戦争は起こしたらあかん!」「武器を持ってて、戦争はなくならへん。」「経済優先の世の中が間違ってるな。アメリカの言いなりやからな。」「『日本は大丈夫』と言う人はお気楽すぎ。もっと危機感をもたないとね。」「『平和』は大事。『平和』をつくるためなら賛成やわ。」などです。こんなこともありました。街頭署名活動初日に出会った若い男性に、「無防備では、攻めてこられた時どうするんですか?」と不安そうに尋ねられたので、武器を使った暴力の連鎖では問題解決できないことはすでに明らかで、世界に目を向ければ、戦争で親が亡くなり、ケアもサポートも無くネグレクトされて心身ともに大きな傷を負ってしまう子どもたちが悲しみや辛さを押し込めて、再び怒りの感情だけで「戦争」へ向かう暴力の再生産の恐ろしさをお伝えし、国際人道法や日本国憲法が有効であり、この条例がつながっていることをお知らせできました。今回の活動の特徴のひとつに、「戦争を体験してきたから、もう戦争はいやだ。」と言って、多くの高齢者の方が寒い中震える手で一生懸命に署名してくださったことが感動的でした。特に印象に残ったエピソードをお話しますと、戦争体験者の男性おふたりは口々に、「あの戦争は侵略戦争やった。責任をとらなあかん。」「国が戦争をすることを許すのは国民や。国民は色々なことに関心を持たないといかんな。」と言われました。また、看護学生として長崎で被爆された方は、当時の事を克明に私たちに伝えてくださいました。その中のごくごく一部分ですが「女学校で仲良しだったお友達がみんな原爆で亡くなってしまったから、私はとても申し訳なく感じて、私はその人たちの分も生きようと思ってきたの。戦争の準備は、戦争が始まってからするものではないから「平和」な時にもう始まっているのよ。だから「平和」の時にこそ注意深く見ておかないといけない。」と教えてくださいました。きっと今日までには、お話を伺って私が感じた以上のご苦労がおありだったろうと思うと、『平和』の一言の重みを感じ、署名提出の日には、「すべての人の人権」を大切にできるこの条例制定の実現を希望し、藤沢市長にお届けしました。
 この箕面市には、全国に先駆けて1999年9月30日に「箕面市子ども条例」が制定されています。その当時、子ども課提案の内容は議会修正され、1994年に批准したこどもの権利条約と同じように『子どもを権利の主体』とするのではなく、子どもたちを『おとなが守る対象』とし、おとなの義務を謳った条例文になりました。一方、国会では2000年に超党派の議員採択で『児童虐待防止法』が可決され、2004年の改正法では、ついに「子どもが権利の主体である」と明記されました。近年のこうした動きの中で、この度の署名は箕面市内の有権者のみが参加できるものでしたが、無効になった署名のうちの約1割に上る50人近くが未成年の方のものでした。これは日々学校での平和教育が実を結び、私たちおとなの呼びかけに応答してくれて、『たとえ無効になっても署名したい!』と主体的に意見表明の機会にしてもらえたので感動しています。と同時に、「箕面市子ども条例」では、『おとなが守る対象』であるとして定義付けられたこの子どもたちを、心身共に傷つけることがないようにしなければならないという大きな義務を果たすには、なんとしてもこの条例を可決していただかなければならないと強く思いました。そんな矢先、昨年末のテロの影響で、修学旅行が急遽海外から国内に変更になった箕面市内の高校があります。該当学年の子どもたちは、とても残念な思いをしたと伺っています。学校やPTAの考えから言えば、我が子の身の安全を第一優先にするのは当然の選択だったことでしょう。しかし、子どもたちにとって、「入学時から楽しみにしてきた海外への修学旅行にテロで行けなかった。」という事実と心の傷は消えることはないのです。この傷の原因が世界各地で起こっている武器による暴力の行使であったのですから、私たちが箕面市で「無防備地域宣言」をして市民の安全を確保することを世界に発信すれば、子どもたちはおとなへの信頼と安心を回復してもらえるものと確信します。言うまでもなく、グローバルスタンダードは経済の標準化だけでなく、合わせて平和と人権についても地球規模での協調性を求められ、日々あらゆる分野で非暴力の問題解決方法で取り組まれる努力がされているものと理解しています。私はここにおられる議員の皆さんが、党派を超えたところでのお一人お一人の人権意識に基づき、ご家族同様に箕面の全市民を守ることが可能な「箕面市平和のまち条例」の有効性について正しく理解され、ただ一人の被害者も加害者もそして傍観者も作らないように、きっぱりと可決して安全なまちづくりに活用していただけるものと信じて疑いません。以上で私の意見陳述を終わります。
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by heiwa-minoh | 2007-03-04 06:20

箕面市議会 直接請求代表者 意見陳述

みなさんへ

箕面市議会 直接請求代表者 意見陳述 

3月2日 午前10時明日3月2日 午前10時から箕面市議会本会議場において、平和のまち条例を直接請求した代表者による意見陳述が行われます。
50分間で4人の代表が発言します。
50年にわたる箕面市議会始まって以来初めてのことです。
この歴史的な場面に多くの方に立ち会っていただきたいと思います。
ぜひ傍聴して下さい。

また、FMタッキーでの収録がきまりましたので、いずれ放送されるものと思います。

                                            ブログ管理:M
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by heiwa-minoh | 2007-03-01 15:57



箕面市で平和条例を制定すべく直接請求の署名を集めています 
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